終活はしないで逝った両親の残したもの
今でこそ終活がブームのようにもなっていますが私の両親世代(戦前世代)は終活などせずに思い出の品も趣味のものも全て大切に押し入れにしまったまま亡くなりました。 そんな両親の残したものをどのように始末していったかをお伝えしていきたいと思います。その第一弾は父編です。
父の部屋は物置?ゴミ箱?
身体が段々と弱り自宅で最期を母と私に看取られた父はものづくりの好きな人でした。手先が器用でDIYはもちろん洋裁もこなし豆腐は自作のものを食べる凝り性でもありました。そんな父が亡くなったあと父の部屋で母と私はどう片づけをするか途方に暮れていました。
まずは印鑑など大切なものを見つけようということになり、これは几帳面な父だったおかげですぐにわかりました。机の引き出しにきちんと通帳やら印鑑、身分証といったものが入っていました。また、生命医療保険、年金、契約しているプロバイダーの資料などはそれぞれファイルにまとめられていてこちらもすぐにわかりました。
しかしその他の、主に趣味のもので12畳の部屋は埋め尽くされていて空間のあるところはベッドの上だけです。父にとってはまだまだ使える宝の山(多分そう思っていたと思います)でしょうが母と私にはガラクタの山。 山積みの荷物のなかからは割れた便座、フタが取れた炊飯器、壊れて火が出たことのある電子レンジなどが顔を出しています。他にもDIYで使おうと思っていたであろう木材や竹などが小山になっています。どこから手を付けてどこに捨てればいいのかわからないものも沢山あり眺めるばかり。さらに読書家だったことからぎっしり本の詰まった本棚が7本。
とりあえずは取りかかる事が大事だと思い仕分けのしやすい本から片付けることにしました。父が生前「この本だけは古本として売って欲しい。希少な本だから。」と母に言っていたという本数冊を見てもらうために古本屋さんに来てもらいました。ついでに「何か買い取りできそうな本はありますか」と聞いたところ「初版本など貴重なものはあるがとにかくヤニがついていて商品にはならないので無理です」と断られました。ヘビースモーカーだったためです。これで本は全てゴミになることが決まりました。
その次にこれも整理しやすい衣類に取りかかりました。適応サイズなどがあり誰かに譲るほど高価なものも持っていないためほとんどをゴミ袋に詰めることになりました。いくつかのジーンズを私が譲り受け、初任給で買ったという古いスーツを母が取り置きました。
身につけていたもの、時計やタイピンなどは数はそれほど多くなく形見分けも考えたのですが知り合いの方も皆ご高齢になっており形見分けをお渡しする機会もないと思い家族で一つづつ分けて残りは処分することになりました。
次に会社に勤めていた時の書類の山を見て途方に暮れました。父は会社を退職したあとも委託で仕事を請け負っており、亡くなる3年くらい前まで家で仕事をしていました。そのためかなりの量の書類がありどのくらい大切なものなのか、機密事項などは入っていないのか、全く判別がつかないのでこのまま紙ゴミとして捨てていいのかがわかりません。自治体に問い合わせてみると自分でゴミ処理場まで持ち込めば人の目に触れず処理できるということがわかりました。ただ、車を持たない我が家には難しい話です。次に家庭ゴミの収集をしている会社に電話をかけてみました。その会社自体は個人の依頼は受けていなかったのですが個人の依頼を受けている収集会社を紹介していただけました。そこへ電話して事情を話すと書類を段ボールに入れてきちんとフタをすればそのまま処理場へはこんでくれるということでした。さらに預かりでは心配でしょうからその場ですぐ捨てに行って処理した証明書と引き換えの支払いでいいと言ってくれたのでお願いすることにしました。ゴミ処理当日段ボール5箱の書類をトラックに積み、15分ほどで処理して戻ってきたスタッフの方に他にどのようなものを処理していただけるのか尋ねると金額はそれなりにかかるけれどほとんどのものは引き受けますと言ってくださったのでこの会社にゴミの処理を依頼することに決めました。
部屋の中のものを一掃
後日改めて見積もりをしていただき正式に依頼をしました。12畳の部屋を空にしていただくことにしました。2日ほどかけてアルバムや登山に使うピッケル、外国で暮らしていたときの思い出の品などを取り置きました。部屋中ひっくり返したのでもう足の踏み場もない状態です。ここから3日間ですべてが片付く予定です。
遺品処理1日目は意外と静かに始まりました。まずは大型の家具以外のものを分別する作業なので黙々と仕分けされていました。夕方になると分別したものをトラックに積み処理場へ運んで終わりました。次の日は前日の続きからはいり、途中から家具の解体が始まりました。本棚と言っても木製のもの、スチール製のもの色々でそれぞれバラしては分別を繰り返していくのでかなりの音もしています。作業は若いスタッフさんが3人でこられていました。夕方はまたゴミをトラックで捨てに行き終了です。この時点で部屋はいくつかの家具を残して片づいていました。翌3日目は畳ベッド2台やタンス、机などを解体してトラックに積み昼過ぎに全てが終わりました。部屋の中は何一つ残らない状態になりガランとしています。
かかった費用
この3日間の処理と最初の書類処理の総額は257,796円でした。2018年のことなので現在とは違うと思いますがそれにしても思ったより安かった印象です。自分達では処理できないものをプロに片づけていただいたのでこれくらいはしますよね。ただ、この時の処分品は完全に個人の持ち物だけで、生活用品などは一切入っていないのでそう考えると高いと思う方もいるかも知れませんが…
まとめ
本人にとっては価値のある大切だったものも傍から見るとゴミになってしまうということが身に染みた遺品処理でした。だからといって必要最低限のものしか持たない暮らしは味気ないものですよね。バランスが難しいですがせめて自分にとって不要になったものは手放していきたいものです。次回は父とはまた少し違った母の遺品整理をお伝えしようと思います。
