自宅で家族の最期を看取った経験から見えた、在宅看取りの心構えとプロの力を借りる活用法

大人の暮らし
写真:maddi-bazzocco by Unsplash

「最期は住み慣れた我が家で過ごさせてあげたい」そう願いつつも、「本当に自分たちだけで看取れるのだろうか」と大きな不安を抱えていませんか?病院とは違い、家での看取りは家族が主役になります。しかし、それは「家族だけで全てを抱え込む」という意味ではありません。医療や介護の専門家と強固なチームを組み、正しい知識を持つことで、自宅での看取りはお互いの絆を深める穏やかで愛に満ちた時間へと変わります。本記事では、自宅で家族を看取った経験談と、自宅で大切な家族を看取るための「3つの心構え」、そして在宅医療や訪問看護師を賢く頼るための「具体的な活用法」を詳しく解説します。

母の最後を看取る

余命半年の診断

母が末期癌と診断されたのは5月中旬でした。余命半年と告げられ、「最後は家にいたい。お父さんのように家で死にたい。」と母に言われました。父は体が衰弱し自宅で母が介護をしていましたが強めの痛み止めを投薬した翌日心臓が止まり自宅で亡くなりました。その経験があるので母の希望をかなえることにあまり不安はありませんでした。ただ、がんの末期の痛みを在宅医療でどのくらい和らげられるかが心配でした。

末期癌の診断を受けたものの日常生活に特に支障はなく家のなかでとくに介護もしていなかったのですが、ある日突然右半身が動かなくなりました。救急車で病院へ行って検査を行うとがん由来の脳梗塞(トルソー症候群)を発症していました。そのまま入院してリハビリを受けることになりました。幸いほとんど麻痺も残らず退院することができました。ただ、がん由来の脳梗塞であるためこの先も何度も発症するであろうと説明を受けました。その後視野が欠ける小さな脳梗塞を起こして入退院し、8月には真っすぐ歩けなくなる小脳の脳梗塞のためにまた入院しました。

意思疎通困難に

小脳梗塞のリハビリもすすみ退院予定日の明け方母は大きな脳梗塞を発症しました。太い血管が詰まったため脳の広範囲に影響が出ていわゆる寝たきりの状態になりました。こちらの話していることは何となく分かるようですが、母からの意思表示はなくなりました。わずかに口元が緩むのを見て笑っているのかなと思えるくらいです。家族で相談をして退院できる目処がついたら母の望み通り家に連れて帰ることに決め、主治医にその旨を伝えました。それから2週間ほど病院で過ごしある程度病状が落ち着いたところで退院の日がきました。

退院の前からの手厚いサポート

母を自宅で看取りたいと主治医に相談してすぐに病院のソーシャルワーカーを1人担当につけていただきました。入院中の母の様子を知りたいときはもちろん、主治医と連絡を取りたいときも窓口になってくれます。毎日1回電話で母の様子を確認できたのはとても大きな安心でした。また、ケアマネジャーと直接連絡を取り合って退院の時の調整もしてくれました。

退院後の母を迎え入れる家の方の準備はケアマネジャーが中心になって整えていきます。まず在宅診療をしてくださる先生に連絡、訪問看護手配、レンタル介護用品のチョイスなどです。介護ベッドを置く部屋の配置なども相談に乗ってもらえ、また準備しておくといいオムツや口腔ケア用品、血中酸素濃度を測る器具についても教えてもらって事前に揃えることができました。

退院当日、ソーシャルワーカーとケアマネージャーの連携で時間を調整してもらい、寝たきりのため民間救急車を手配してもらいストレッチャーに寝たままの退院となりました。家に着くと訪問看護師も駆けつけてくれていて皆で介護ベッドに移して自宅介護のスタートです。その日のうちに訪問診療の先生にきていただき自宅で看取るための心構えを再度確認しました。

  • 点滴は打たない
  • 栄養は口から取るものだけ
  • 最後のときに救急車は呼ばない
  • 痛み止めは使っていく

癌末期に余分な点滴を打つと全て腹水になってしまってかえってつらくなることが多いそうです。そのため痛み止めもパッチで貼るタイプを使用するとのこと。急変もあり得る状態のため24時間いつでも連絡可能な体制をとっていただきました。訪問診療は週2回、看護師は週3回の予定を組みました。その他不安なことや容体について電話での相談も受け付けてくださるということでした。そして退院後すぐに口腔ケアとオムツ交換のやり方を習いました。

口から食べられなくなる

入院中の母はヨーグルトやゼリーなどを口から食べていて退院前に一度病院でやり方を指導していただき、家に帰ってきてからもヨーグルトやとろみをつけたフルーツジュースなどを食べていました。退院後3日目くらいに食べている際むせてしまったため看護師に相談したところ、飲み込む力が落ちているのだろうと言われこれ以上無理して食べさせると誤嚥性肺炎の危険があるため口からの摂取をやめるように指示されました。かわりに口の中が乾かないように時々水で濡らしたスポンジで湿らせていきます。この時水に少しハチミツを垂らすと甘くて気分がかわりますよと教えてもらいました。退院した直後は排尿や排便はきちんとありオムツもこまめに交換する必要がありましたが5日ほど経つと排尿の回数も量も減ってきました。そのかわり手足が浮腫んできました。寝たきりなのでなおさらです。介護ベッドは空気圧で片側が膨らんだりしぼんだりして床ずれを防止するマットを使っていて背中のうっ血には対応していたものの手足は下にバスタオルを入れるなどして角度を変えていただけでした。ケアマネジャーの提案で訪問マッサージを受けられることになりました。マッサージ師の方が来てくださり三十分ほど手足のマッサージをしてくださるとむくみも少し良くなり、母の顔も穏やかになりました。また、このころ看護師の訪問の日に洗髪もしてもらいました。電動ポンプのついたシャワーノズルとバケツで、寝たまま洗ってもらいふわふわの髪の毛になりました。この時は母もかなり気持ちよかったようで目を閉じていました。

痛みが強くなる

1週間ほど経つと痛みが強くなってきたのか眉間にシワがよるようになってきました。訪問診療の先生と相談して痛み止めを一番強いものに変えました。すると顔も穏やかになり寝息も落ち着いたようでした。口から食べられなくなると看取りまで2週間くらいだと言われましたがまだ呼吸は乱れず酸素濃度も良好でした。この頃から妹達も最後の覚悟ができてきて1人は泊まり込みで、1人は毎日通いで母に付き添いました。亡くなる四日前から呼吸が少し不規則になり時々止まったりもするので3人で夜10時くらいまで様子を見て1人が母の隣で寝るようにしました。血中酸素濃度も少しづつ下がってきていたので酸素吸入機をつけることになりました。ケアマネジャーが中心になって業者に連絡してくださりすぐに設置されました。これでまた少し楽そうになりました。

最後は大きく息を吐いて

亡くなる前の晩だいぶ呼吸が荒くなっていました。また、血中酸素濃度も少し下がり始め爪の色が悪くなってきました。手足はつめたくなっています。でも顔は穏やかです。2日に1回マッサージも続けていて浮腫も良くなっていました。ただ血便が大量に出たため癌の悪化を再認識しました。亡くなったのは夜中12時前でした。2時間ほど前から呼吸が不規則に荒くなり止まる回数が多くなりました。家族で周りを囲んで「お母さんがんばれ、息して」と声をかけるとまた呼吸を始めるという感じでした。この時点で今夜かもしれないと思い訪問介護ステーションに電話をしました。当番の看護師と話をして亡くなった際は救急車を呼ばず訪問診療の先生に連絡するようにと指示されました。声をかけながらだんだん呼吸の回数が減っていき最後は大きく息を吐いて止まりました。よく「眠るように穏やかに亡くなる」という話を聞きますが母の場合は最後まで戦ってやりきったという亡くなり方でした。

自宅で亡くなると

母の最後の呼吸を聞いたあと時計を見て時刻を確認しました。冷静だったなと思います。そして訪問診療の先生と看護師に電話で連絡をしました。先に駆けつけてくれたのは看護師ですぐにエンゼルケアがはじまりました。体を清拭して体液の処置をします。準備していた洋服を着せてお化粧をほどこしていきます。土気色の顔が柔らかくへんかしていきます。先生も来てくださり最後の状況を説明して時刻を伝えます。しばらくすると先生は一度退席して死亡診断書を作ってまた来てくださいました。その頃には看護師は作業を終えて帰っていきました。

自宅で家族を看取るための「3つの心構え」

自宅での看取りを成功させるために、まず私たちが持っておきたい大切な心構えがあります。

1.家族だけで抱え込まない「受援力」を持つ

最も重要なのは、「1から10まで自分たちでやろうとしない」ことです。排泄の介助や寝返りの補助など、慣れない介護は体力的にも精神的にも家族を追い詰めます。「頼れるものはすべて頼る」という前向きな割り切り(受援力)が、共倒れを防ぐ最大の鍵です。

2. 「医療の延長」ではなく「生活の継続」捉える

病院は「病気を治す場所」ですが、自宅は「安心して暮らす場所」です。数値の管理や厳格な食事制限に捉われすぎる必要はありません。本人が「お酒を一口舐めたい」「大好きな音楽を聴きたい」と望むなら、それを叶えてあげられるのが在宅ケアの最大のメリットです。実際にお酒が大好きだった父は訪問診療の先生とお猪口で一杯やろうという約束をしていました。約束は叶わなかったのですが、先生は「じゃあ明後日の仕事帰りに寄るよ」と日時まで約束してくれていました。完璧な看病ではなく、「本人が心地よく過ごせる環境づくり」に意識を向けましょう。

3. 死が近づいたときの「自然な変化」を知っておく

旅立ちの時期が近づくと、食事や水分の摂取量が減り、うとうと眠る時間が増えていきます。これは体が自然と終末期に向けて備えている証拠です。「食べないから弱ってしまう」と無理に食べさせようとすると、かえって本人の体を苦しめる原因(誤嚥やむくみなど)になります。「枯れるように逝く」という自然の摂理をあらかじめ理解しておくことで、いざという時の慌てや恐怖を和らげることができます。

在宅医療・訪問看護師の具体的な活用法

自宅での看取りは、医師や看護師、ケアマネジャーなどによる「在宅医療チーム」に支えられて成立します。彼らの力を最大限に引き出す活用法をご紹介します。

在宅医(訪問診療)の役割と活用

在宅医は、定期的に自宅を訪問して診察を行うだけでなく、痛みを和らげる「緩和ケア」や点滴・酸素の管理を行います。

* 24時間体制の安心感を味方にする:看取り対応を行う在宅医は、24時間365日、いつでも電話がつながる体制をとっています。夜間に容体が変化した際、病院の救急外来に駆け込むのではなく、まずは在宅医に相談できるルートを確立しましょう。

* 死亡診断書の準備:最期の瞬間を迎えた際、在宅医が自宅に駆けつけて「死亡診断書」を発行します。これにより、自宅で亡くなっても警察の介入(検視)を必要とせず、スムーズに次のステップへ進めます。

訪問看護師の役割と活用

訪問看護師は、在宅医療の現場において「家族の一番身近な伴走者」となる存在です。

* 徹底的な「苦痛の緩和」を依頼する:褥瘡(床ずれ)の予防、口腔ケア、痰の吸引など、本人が不快に感じる部分を専門技術で取り除いてくれます。またこのような処置を家族で行えるように指導もしてくれます。

* 家族の「これって大丈夫?」をその都度解消する:息づかいが変わった、肌の色がいつもと違うなど、小さな変化への不安を訪問看護師に遠慮なくぶつけてください。「今はこの段階ですよ」とプロの目線で解説してもらうだけで、家族の心の負担は劇的に軽くなります。我が家の場合は訪問介護ステーションも24時間対応でしたので夜中の1時頃に呼吸が不規則になり不安になった時に電話して実際に来ていただいたこともありました。プロに見てもらい「まだ大丈夫ですよ。また不安になったら連絡ください」と言っていただくと本当に安心します。

* エンゼルケア(エンゼルメイク)の依頼:息を引き取られた後、お体をきれいに整える処置も訪問看護師が手際よく行ってくれます。最期まで尊厳を保った姿で送り出すサポートをしてくれます。

後悔しない看取りのために「今すぐできる準備」

いざその時を迎えたときにパニックにならないよう、以下の2点だけは事前に準備しておきましょう。

1. 「救急車は呼ばない」を家族全員で徹底する

自宅で息を引き取った際、慌てて「119番」をしてしまうケースが多々あります。救急車を呼ぶと、原則として蘇生処置が行われ、そのまま病院へ搬送されてしまいます。最期を迎えたときは、「救急車ではなく、まず在宅医(または訪問看護師)へ電話する」というルールを、同居家族だけでなく親族一同で共有しておきましょう。

2. 緊急連絡先を紙に書いて「見える場所」に貼る

在宅医、訪問看護ステーション、ケアマネジャーの電話番号を1枚の紙にまとめ、固定電話の横や冷蔵庫の扉など、誰でもすぐに目に入る場所に貼っておきます。動転しているときでも、これがあれば迷わずに連絡ができます。

まとめ

プロに支えられながら、家族にしかできない役割を自宅での看取りで、医療行為や専門的なケアはすべてプロに任せてしまって構いません。家族にしかできない最も大切な役割は、「ただそばにいて、手を握り、声をかけ続けること」です。聴覚は、人間の五感の中で最後まで残る機能だと言われています。あなたが「ありがとう」「お疲れ様」と語りかけるその声は、必ず本人の心に届いています。私が在宅の看取りを経験して感じたことは温かさと大きな感謝でした。母の人生の幕引きを見守り、関われたことで母への尊敬の思いも大きくなりました。医療と介護の力を賢く頼りながら、大切な人との最後の大切な時間を、どうぞ穏やかに紡いでいってください。

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